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産業革命と帝国主義
18世紀後半から19世紀前半には、イギリスでは世界に先駆ける形で産業革命が進んだ。まずは木綿工業が飛躍的に発展し、その後ワットの蒸気機関発明により様々な分野での機械化が急速に進められていった。1814年、スティーブンソンの蒸気機関車発明により産業革命は交通革命へと波及し、イギリスは鉄道建設時代へと突入する。

ビクトリア女王こうして産業革命を経て構築された社会的および経済的基盤は、イギリスを華やかな帝国主義へといざなうことになる。その一方では、労働者を有権者に加えるための選挙法改正や保護貿易の廃止など、自由主義的な政策も同時に進む。

1837年に始まったビクトリア女王の治世では、イギリスはアジアおよびアフリカに次々と植民地を増やし、女王はやがてインド女帝も兼ねることとなる。アヘン戦争、アロー号事件を機に中国にも進出。日本とも1868年に通商条約を結んでいる。

 ふたつの世界大戦と植民地の独立
19世紀後半に近代資本主義社会としての頂点を極めたイギリスは、ビクトリア女王の死後はアメリカやドイツの躍進、世界大恐慌、植民地における独立運動などによって次第に陰りを見せ始めた。

とりわけ工業力でイギリスに追いつく勢いを見せたドイツは、海外の新植民地を欲した。すでにイギリスやフランスによって色分けされていた植民地の再分割を主張するようになるにつれて、ドイツとの対立は高まっていった。ドイツ、オーストリア、イタリアの三国同盟に対抗するために、イギリスは1902年には日本と同盟を、1904年にはフランス、1907年にはロシアと協商を結び三国協商とした。

こうした中で1914年、オーストリア・ハンガリー帝国時期皇位継承者が暗殺されたサラエボ事件を契機に、欧州の大国が争う第一次世界大戦が勃発した。この戦争は、4年に渡る激戦の末、英仏の敗北によって債務回収ができなくなることを恐れたアメリカの参戦によって終結を迎えた。イギリスは勝利を得はしたものの、長期にわたる総力戦によって疲弊し、国力は衰退していった。新大陸の若い国アメリカの助太刀なしでは戦争に幕を引くことができなかったという事実は、19世紀から20世紀初頭にかけて欧州はもとより世界でリーダーシップを発揮したイギリスが、その座から転がり落ちつつあることを明らかに示していた。

第一次大戦終結からわずか16年後、ドイツがベルサイユ条約軍事条項の破棄を宣言し、再びヨーロッパは戦場と化した。1939年に勃発した第二次世界大戦でイギリスは再びドイツと戦い、数々の空襲でロンドンを初めとした大都市が大きな打撃を受けた。結果的にはこの大戦でもアメリカの助けを借りて勝利を収めるが、戦渦は大きく、その後は植民地の独立も続き、イギリスは国力・国際的地位ともに低下の一路をたどることになる。