ハロッズの顔テディベアのルーツと歴史
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ハロッズの顔として知られるテディベアは余りにも有名。しかし、その歴史はドイツとアメリカで育って既に100年の誕生日も迎えるなど、なかなか奥が深い。
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世界で愛されるクマ…『テディベア』
英国王室御用達のデパート、ハロッズの顔として知られるテディベアは余りにも有名。しかし、その歴史を調べてみると、ドイツとアメリカで育って既に100年の誕生日も迎えていて、なかなか奥が深い。
アメリカ、ヨーロッパ、そして日本と、世界中で愛されてやまないクマのぬいぐるみの「テディベア」。国境を越えて子どもから大人まで幅広い年齢層のファンを持つこのクマの魅力をトコトン追求! まずはその誕生ストーリーから始めよう。
執筆者 ギャンツ倖起恵
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ふたつの誕生伝説
テディベアは2002年に生誕100年を迎えた。つまり世界でもっとも愛されるクマのるぬいぐるみが登場したのは、1902年のこと。その誕生秘話を探ると、興味深いことに異なる国における異なる物語に行き当たる。ひとつはドイツ、もうひとつはアメリカだ。奇しくも、ストーリーの始まりはどちらも1902年。
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テディベア誕生物語【その1】 -- ドイツ
ドイツ南部にある町ギーンゲン。人口およそ2万人たらずの小さな町だ。この町外れにおもちゃメーカー「Steiff (シュタイフ)」がある。そして、この会社を設立したマルガレーテ・シュタイフこそ、世界で最初のテディベアを作った女性とされる。
幼いころに小児麻痺を患い両足と右手が不自由だったマルガレーテは、持ち前の克己心と血のにじむような訓練でその障害を克服し、成長すると様々な針仕事をこなすようになった。そしてハンディを乗り越えた彼女は、1880年に念願のおもちゃ会社を創立。工場では、当初ゾウやウマ、ラクダなどフェルト製の動物のおもちゃを製造していた。
やがてマルガレーテの工場は軌道に乗ると、甥や姪たちが次々と入社し彼女の事業を支えるようになった。1902年、甥の一人リヒャルトがクマのぬいぐるみを作るというアイデアを思いつく。彼が完成させた試作品のクマは、本物の見えるようにフカフカのモヘアをふんだんに用い、手足および首が自由に動く、という当時としては画期的なぬいぐるみであった。
このぬいぐるみは製造過程が複雑であり、材料費も高く、マルガレーテは生産を押し進めるかどうか思い悩む。しかし熟慮の末、「輝く将来を持つ子どもたちにこそ、最高のものを与えてあげたい」という彼女の信念が、生産に踏み切る決め手となった。
こうして産声を上げたテディベアはたちまち大人気となり、その5年後には年間97万体以上を生産するまでになった。ギーンゲンのシュタイフ社工場からから、これまでに世界中に送り出されたテディベアは3000万体以上。現在でも年間45万のクマが生産・出荷される。こして、マルガレーテとリヒャルトが生み出したクマのぬいぐるみは、今でも世界中の人々に温もりを与え続けている。
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テディベア誕生物語【その2】 -- アメリカ
1902年11月、第26代アメリカ合衆国大統領セオドア・ルーズベルトは米国南部のミシシッピ州に来ていた。そして、ハンティング好きで知られる大統領のためにクマ狩りが開催されたが、いくら野山を駆けてもクマは見つからず、その日大統領は一頭も仕留めることができなかった。そこで主催者が大統領の面目を潰さぬように、と用意したのが綱につながれた一頭の子グマ。
「どうぞあのクマを撃ってください」というホストに、大統領は顔を真っ赤にして激怒。
Spare the Bear! I will not shoot a tethered animal.
「クマを助けてあげなさい!私は、つながれた動物を撃つなどということはしない」
そして翌日には、このシーンを風刺漫画に仕立てたものがワシントンポスト紙に掲載され、話題になった。
この漫画を見て、あるアイデアを思いついたのは、ニューヨークはブルックリンで駄菓子屋を営むモリスとローズのミットム夫妻。二人は柔らかい布でクマのぬいぐるみを作り、それに大統領のニックネーム「テディ」を使い「テディベア」と名づけることを考えたのだ。そして、早速大統領に名前を使うことへの了承を求める手紙を書いたという。
ルーズベルト大統領の快諾を得たミットム夫妻が、手作りの「テディベア」をワシントンポスト紙の漫画とともにウインドウに飾ったところ、これがたちまち大評判となった。テディベアの成功をきっかけに、後に夫妻はぬいぐるみを始めとするおもちゃのメーカー、アイディール社を興すに至った。
ロシアからの貧しい移民であった夫妻にとって、テディベアの成功はまさにアメリカンドリーム。また、名前の由来を提供したルーズベルト大統領も、国民にアピールする強力なマスコットを獲得して大喜。アウトドア好きの大統領は、ハンターや釣人の装いとした小さなテディベアがとくに気に入って、在職中はホワイトハウスのあちこちに飾っていたという。