ハロッズの顔テディベアのルーツと歴史
テディベア, テデイベア, ハロッズ, イギリス, 歴史, ドイツ
ハロッズの顔として知られるテディベアは余りにも有名。しかし、その歴史はドイツとアメリカで育って既に100年の誕生日も迎えるなど、なかなか奥が深い。
★
JavaScriptについて
ご利用のブラウザはJavaScriptが無効に設定されています。
お手数ですが、ブラウザのJavaScriptを有効にして再度アクセスしてください。
ホーム
>
特集
>
テディベア
>人気キャラクター
イギリスに関する文化、スポーツ、歴史、映画について
テディベア
>>
人気キャラクター
>>
ハロッズとテディベア
>>
老舗ブランド
テディベアから生まれた人気キャラクター
1901年の誕生以来、ヨーロッパ・北米を中心にどんどんファンを増やし続けたテディベア。その後テディベアをモデルにした人気キャラクターが各国で続々登場した。中でもここで紹介するイギリスの童話から生まれたふたつのキャラクターであるクマのプーさんとパディントンは、世界でも知らない人はいないほど有名なテディベアへと成長した。
■
クマのプーさん
ディズニーアニメでよく知られる『クマのプーさん』は、もともとイギリスの劇作家アラン・アレクサンダー・ミルンが息子のクリストファー・ロビン・ミルンのために執筆した童話集のタイトル。その主人公のクマのぬいぐるみの名前は Winnie-the-Pooh という。1926年に発表されたこの作品はその後40ヶ国語に翻訳され、80年近くたった現在でも世界中で多くの読者に愛され、親しまれている。
日本語では「クマのプーさん」と呼ばれるこのキャラクターは英語圏ではウィニー(Winnieと呼ばれる。この名前は、ミルンの息子クリストファー・ロビンがロンドン動物園によく見に行ったアメリカグマのウィニペグ(Winnipeg)に由来する。
第一次大戦中の1914年、カナダ軍のハリー・コルバーン中尉が孤児の子グマを10ドルで買い取り、自分の故郷にちなんでウィニペグ(愛称=ウィニー)と名づけた。部隊のマスコットとなったクマは中尉とともに渡英するが、その後隊がフランスへ出立する際にはロンドン動物園に預けられることとなった。
当時5歳だったクリストファー・ロビンは、自分のお気に入りのクマのぬいぐるみ(テディベア)に、いつも動物園で見ていた大好きなクマと同じ名前をつけた。ミルンは、一人息子ロビンとそのぬいぐるみたちをモデルに童話を書いたとき、その中でもロビン一番のお気に入りだったテディベアを主人公として、あらためてWinnie-the-Pooh という名前をつけたというわけ。
プーさんのモデルとなった実際のテディベアは、現在ニューヨーク公立図書館分館 Donnenel Library の2階に展示されている。一般公開されているので、ニューヨークに行けば、ロバのイーヨー、子豚のピグレット、トラのティガー、カンガルーのカンガなど仲間のぬいぐるみたちに囲まれているオリジナルの「プーさん」に会うことも可能だ。
■
パディントン
マイケル・ボンドは元英国放送協会(BBC)のカメラマンで童話作家。彼がA Bear Called Paddington 「くまのパディントン」という作品を出版したのは1958年のことだ。その2年前のクリスマス・イブ、ボンドは店で売れ残っていたクマのぬいぐるみを見てかわいそうに思い、妻ブレンダへのクリスマスプレゼントとして購入した。そして当時彼らはロンドンのパディントン駅の近くに住んでいたため、そのテディベアを「パディントン」と名づけたという。
赤い帽子と靴、青いダッフルコートがトレードマークのパディントンベア。物語では、ペルーから密航して英国はロンドンにやってきたクマという設定だ。パディントン駅の落し物預かり所の近くで皮のスーツケースに座っていたところに、ブラウン夫妻が登場。クマの首には「どうぞ、このクマの面倒をみてあげてください。お頼み申します。」と書かれた札が下がっていた。夫妻はそのクマを自宅に連れ帰り、パディントン駅で見つけたクマを「パディントン」と名づけた。
初版から50年近くを経た現在、30カ国語に翻訳されたパディントンのシリーズの本は、計3000万冊の売上げを記録している。
作者のボンド自身は、「パディントンは非常にイギリス人らしいキャラクターなのに、世界各国で人気があるのは不思議だ」といっているにもかかわらず、現在でもパディントンは世界でもっとも愛されるテディベアの代表だ。
関連記事
・
イギリスを知るなら童話を読め