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原マサシの「イギリスを斬る」
事の始まり
何の因果か、この英国に住み暮らし1年間という月日が経ってしまった。私は音楽家として19歳から29歳までちょうど10年間、日本をベースに活動していた。始め、その10年間の活動の節目として、充電という名目、ま、いわば休暇のつもりでここロンドンへやってきたはずが、何故か活動のベースをこっちへ移してしまっていた。まいる。
ところで、音楽家と一口で言っても、色々ありますよね。作曲家なのか、歌手なのか、、etc。それを「私は音楽家で、、」と言い放っしにするというのは、それは例えば、魚屋で、魚類全員が口をそろえて「すんません、ぼく、魚やねん」と言っているのと一緒で、「ちゅーか、自分はマグロかカツオかどっちやねん!」と、なり、親切心に欠けるので、もう少しだけ具体的に、私がどのような音楽家であるかを綴らせて頂きます。
私は原マサシというギタリスト兼シンガーであり、俗に言う「ロック・ミュージック」というものが、幼少の頃から大好きで、その因果、「ジョージ・パイ」というロックバンドなぞを結成してしまい、これまたそのバンドで、レコードを製作する機会に多々恵まれ、5枚のアルバムを製作し、挙げ句、日本及び米国をツアーしてまわって来た…、という類いの音楽家です。
この国が産み落として来た数々のバンドの中でも、特に『ブルース・ロック』とカテゴライズされるバンドに、私はとても大きな影響を受けて来た。レッド・ツェッペリンやフリー、ピーター・グリーンのフリート・ウッドマック、etc.…。そんな中でも米国人のジミ・ヘンドリックスが、この英国で結成したバンド、エクスペリアンスにもっとも強い影響を受けた。そんな彼と同じ様にして、自分もイギリスを舞台にして活動を始める事になるとは、今まで散りの1つも思っていなかった。まことに、因果と言うものは恐ろしい。
ストーンズやビートルズをはじめ、上記したこれらのバンドの登場で、世界の音楽シーンがひっくり返ってしまったのは1960年代は後半の出来事だが、後のパンクロックの出現など、絶えずこの英国発の音楽が、その後の時代の流れを、節目ごとに変えてきた。そんな英国ロックについて私はこの度、この国の内側からの視座で書き斬ってしまおうと、何の因果か、この「いぎりす
What's On」の原っぱの一部を、キャンパスにさせて頂く事にした。
これからここ英国を訪れてみようかと思っている方、もう既にこちらに滞在されてる方、もしくは単にロック好きで、上に挙げたグループ名を検索していたら、因果、ここにたどり着いたそこの貴方!皆様に少しでも英国に、そしてロックに、興味を持って頂こうと努め、定期的に掲載していこうと思っている。
原マサシ
何の因果ついでにもう1つ…。私の製作してきたレコードの、その記念すべき第1作目の、1曲目がズバリ『ロンドン1966』。ジミ・ヘンドリックスへ捧げた作品だが、これを因果と呼ばずしてはいられまい。
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