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はまるロック
最近のロックは つまらないという表現を使うようになったら、それはもう「オッサン」「オバハン」である。と、つくづく思う。最近。
例えば、ロック・ファンになったということは、多少の例外はあるにせよ、ほとんどの場合、少なくともその「当時」の最近の音楽に触れ、さらにそれらに感銘を受けたからである。彼等が「最近のはよくわからない」となってしまうのは、詰まるところ、それは流行からすっかりおいてきぼりを食った彼等の怠慢さが原因であって、何がどう怠慢かと言えば、実際最近のバンドでも探せばいくらでも「つまらなくない音楽」は沢山あるからだ。
「最近のがつまらない」のは、過去の最先端であったはずの彼等の音楽が、いつの間にか時代の隅っこに追いやられることが原因だ。行き場を失った「元最先端」のロック・ファンが、白旗を降る代わりに、「我々には興味がない」と開き直り、その無知を全面に押し出し、自分のスタンスを「オールド・ファッション」と誇示することで若者との差別化をはかる。さらに、「わし等の若い頃は」と念仏の様に唱え、どんどん屈折し、自分の世界、まあ、殻に閉じこもり酒を煽って日々床に着くようになっていくわけである。
まいる。
と、ここまで伏線を張っておけばもう充分だろう。ぼくはハッキリいって、最近の音楽に非常に暗い。全く知らないに近いと言ってよい。本業がミュージシャンなだけに、
これはハッキリいって致命的である。何がどう致命的であるかと言えば、音楽を生業 としている人間にとって、業界の最前線で何が起こっているのかを把握してないとい
うことは、聞き手のニーズに添ったものを生産できないことであり、結果、仕事にあぶれる。 まいる。
ただし、ぼくを含めた「おっさん&おばはん」の弁護をするわけではないが、最近の音楽に明るくいつづけるというのは、非常に労力がいることである。実際、音楽を職業にでもしていない限り、常にアンテナを張り続けると言うのは、ハッキリいって無理である。そもそも音楽家というのは、本来娯楽であったはずの音楽に、イヤな時でも絶えず触れているということで、時に、聞くことも、演奏することも、そして創ることも、苦痛
を伴う「作業」になってしまうのである。すなわち、「何もそこまで・・・」と、普通 に、聴きたい時だけ、弾きたい時だけ音楽を楽しむという、一番精神衛生的によいスタンスで音楽に触れている「音楽ファン」である限り、当然レコード店からも足が遠のくのは当たり前であろう。その点、ぼくはプロとしてのミュージシャン失格である。
まいる。
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