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お酒との付き合い方@ロンドン
去年のクリスマス、日本に住む友達から面白い話を聞いた。日本の夜のニュースで、 イギリスの深刻なアルコールによる様々な問題について特集されていたというのであ
る。中でも、20代の飲酒率の統計をとった時、なんと、その1人頭の平均値が、人間の一年間で消費してもよいと言われている量を、なんと3倍を軽く超えてしまって
いたそうである。その際、レポーターがその事実を伝えた後、呆れ返ったニュース・ リーダーがぼそっとこう呟いたという。「30年後のイギリスは終わっているのではないか・・・」
ところで僕は、100メートル先からも「ああ臭てるなぁ、あそこに原がいる」と知人に判ってしまう程、万年酒臭い、大酒飲みである。そんな僕は、その友達から聞い
たその話を、何人かのイギリス人のツレに伝えた。面白かったのが、帰ってきた答えが、ほぼ全て一緒だったからである。「いや〜、ちゅーか、もうとっくに終わってるやん、この国!」。場所はいずれも酒場であった。
さて、その酒飲みの若者云々についてだが、僕が音楽家である以上、音楽家の「酒飲み」を例にとって話を進めさせてもらう。例えば、若くして亡くなってしまったミ
ュージシャンの多くは、まあ、ドラッグ等の、自らたぐり寄せた病気で逝ってしまっ た場合がほとんどだが、この国のミュージシャンといえば、他国と比較してみると、
圧倒的にその死因がアルコールである。無理もない。それはアルコールの味を本格的 に覚えてしまった人間にとって、この国の街並は天国であり、また、地獄でもある。
嘘だと思ったら一歩外に出てみればよい。そこは数10メートルごとに酒場がつらなるアルコール天国であり、飲むな、と言う方がナンセンスである。まあ、それは日本の街並にも言えることだが・・・。
ジョン・ボーナムは死の直前まで、ヴォッカを飲み続け、そのオレンジ割りが、50杯になろうとした所、嘔吐物を詰まらせ窒息死したという。また、イギリス人ではないのだが、お隣のアイルランド人、ロリー・ギャラガーは、長年の多量飲酒のツケが来て、肝臓を患い、ここロンドンで亡くなった。この人は僕のアイドルなのだが、昔、
僕は74年に製作された彼のドキュメンタリー映画をやっとのことで手に入れ、観ていて、吃驚した事がある。その映画は、これがまた素晴らしいフィルムであるのだが、
観終わった後の印象は、そのバックステージのシーンで、終演後、汗だくの彼等が、 楽屋に山のように積まれたギネス・ビールを、次から次に旨そうに空にしていく姿であり、それが、演奏シーンに勝ってしまっていた、ということである。
若かった僕は思った。「ライブをやったらあれだけ美味しそうな飲み物を、好きなだけ飲めるのか・・・」。 僕がミュージシャンになるきっかけを作ってくれた。そんな僕は、結局ついにお酒で身体を壊し、イギリスくんだりまで来てまで病院の世話になってしまった。
まいる。
ところで、酒はいい奴である。ただし不幸にも、酒には人格がない。すなわち、付き合い方を間違えると大変なことになってしまう。その際、酒に罪はない。本来、酒とは、
基本的に精神の熟した大人だけが嗜むことができるものであって、僕みたいな子供の飲む べきものではない。ただし、イギリスにはその両者を包み込む受け皿があるので、子供がどうしても我がままを貫き通してしまう。酒飲みがこのアルコール消費大国で、
酒と上手く付き合っていくには、大人になって、付き合いのディスタンスを上手くはかるべきだろう。それができない酔っ払いの例が以下のとうりだ。
『チャーチル元英国首相は、かなりの二日酔いで議会に参加。そこである女性議員に、 「いったいあなたはどういうつもりなんですか?」と責められた。チャーチルは、「いいかね、
わたしの二日酔いは明日なおるが、あなたの醜い顔は一生なおらない」と言い返し、結局責任をとって辞職、議会は解散となる・・・』
この様に脳にムシが沸く前に、最後のもう一杯を「レモネード」にしてみようかと思っ ている。って、それは僕には無理!合掌。
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