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  ボタニカル・アート
イングリッシュ・ガーデン 魅惑のボタニカル・アート
魅惑のボタニカル・アート 魅惑のボタニカル・アート
古代エジプトや中国などでは、古くから薬草を見分けるために、植物の図譜がよくつくられていた。これが、ボタニカル・アート、つまり植物画の始まりである。大航海時代、ヨーロッパ列強が世界各地を探検するようになると、彼らは様々な新しい植物を目の当たりにして、それらを本国に持ち帰るようになる。プラント・ハンターたちの活躍である。彼らにより持ち込まれた植物たちは、当然ながら、裕福な人々の好奇心を刺激していった。

この時代は自然科学が飛躍的に伸びたものの、写真技術はまだなかった。そこで、王侯貴族をパトロンにして、植物学者と画家がコンビを組み、植物学的に正確かつ精密に模写した絵がよく描かれるようになっていった。この博物画は、あまりの美しさや奇異さゆえに、芸術の一分野として評価を高めていく。 とりわけ18世紀から19世紀にかけてその美しさが大きく注目されて、イギリスとフランスを中心に大流行した。それまで多くの人にとって植物は薬草であったものが、このころから観て楽しむものという観念が広がったのである。
植物画は、原寸大で模写する伝統がある。実際の植物は、大から小まで様々であり、それらを正確に描くためにも、本格的な植物画集は標準の高さが60cm程度は必要だった。たちまちフランス、ドイツ、オーストリア、オランダそしてイギリスが主なヨーロッパのボタニカル・アートの拠点となった。
魅惑のボタニカル・アート
王侯貴族や大商人らの間で園芸趣味が定着し、彼らが熱心なパトロンにもなって、ボタニカル・アートはまさしく一世を風靡した。この流行に押しの一手をかけたのが、18世紀後半に創刊されたに「カーティス・ボタニカルマガジン」。この雑誌はボタニカル・アートの普及に大きな影響をもたらし、「ボタニカルマガジン」からは、たくさんの優秀なボタニカル・アーティストが輩出されている。

ボタニカル・アートの世界では、まずはフランスの「花のラファエロ」と呼ばれるJ.ドゥーテが有名である。このルドゥーテはバラをはじめとする花の数々を描き、あまりの美しさに人々のために人々のため息を誘った。このほか、イギリス出身のアーティストとしてラウドン夫人、メアリー・ローランスなどがその名を残している。また20世紀には、アマゾンに何度も出かけてエキゾティックな熱帯雨林を迫力満点に描いたマーガレット・ミーのような異色のアーティストも登場している。
魅惑のボタニカル・アート
写真の普及とともに、手書きの博物画はその役割を一端終えたかに見えたが、芸術の一翼としてのボタニカル・アートは、その後も伝統と革新を繰り返しながらいつの時代も静かなブームを呼び続けている。かつてボタニカル・アートは正確性が求められていたが、近年はそうした厳密な取り決めの枠を抜け出して、自由な発想の芸術性も高く評価され、その裾野を広めている。

イギリスでは各地の教育機関やカルチャースクールでボタニカル・アートとそれに必要な植物学の知識を得られるコースが豊富にもうけられている。また、実際に有名な博物誌や図譜を閲覧することができる。
ロンドンのヴィクトリア駅近くにあるイギリス王立園芸協会のリンドリー図書館では、貴重なボタニカル・アートの作品が多く所蔵されている。バラの植物画で知られるJ.ルドゥーテをはじめ、18〜19世紀初頭にかけて活躍した数々の名品を実際に身近に見ることができる。

ちなみに、日本では江戸時代まで「本草学」の一環として植物の絵が描かれ、明治以後から植物画という言葉が用いられるようになった。とりわけ20世紀後半になってから、急速にボタニカル・アートという言葉が知られるようになり、注目を集め始めている。
イギリスの美 イングリッシュ・ローズ イギリスの美 イングリッシュ・ローズ
ボタニカル・アートのモデルとして世界の人々が愛してやまない、そしてイングリッシュ・ガーデンの代名詞的にもなっているのがバラだろう。赤いバラはイングランドの国花でもある。バラは、イギリスの風土に良く合い、一度花を咲かせると1ヵ月くらいはずっときれいに花を付け続けている。せいぜい10日くらいの花期しかない日本に比べ、開花期がずいぶんと長いのである。ボリュームのあるしっとりとした風貌を楽しませてくれてくれるバラは、いまも昔もイギリスの王様の花なのだ。

よく耳にするイングリッシュ・ローズは、単にイギリスにあるバラのことをいっているのではなく、きちんとした由来がある。イングリッシュ・ローズとは、原種である可憐なオールドローズ(ガリカ・ローズ、ダマスク・ローズ、ポートランド・ローズ、ブルボン・ローズ)と、19世紀末に登場した豪華なモダンローズ(ハイブリッドティーローズ、フロリバンダローズ)の二つを交配して生まれた新しいバラのこと。魅惑のボタニカル・アート

この道で著名なデビッド・オースティンが、1969年に著作を通して「イングリッシュ・ローズ」という呼び名を広めたのが、そもそものはじまりだった。デビッド・オースティンは、「スコティッシュ・ローズやガリカ・ローズという名前があるのになぜイングリッシュ・ローズがないのか」という素朴な気持ちとイングリッシュ・ユーモアもこめて、イングリッシュ・ローズと名付けた。その名が瞬く間に有名になったのだが、オースティンにとって当時、予想もしなかったことだという。

バラは、イギリス人から切っても切れない間柄。王室の紋章や政党の表象、画家やデザイナー、詩人や小説家らへのインスピレーションを与え、イギリス特有の美を、「イングリッシュ・ローズのごとく」と表現することもある。