イギリスの映画
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映画にのめり込むイギリスの素顔をイギリス映画作品はもとより、監督、俳優、映画原作など、様々な角度から分析してみる。
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イギリス映画界と監督たち
「映画」といえば「ハリウッド」‐ハリウッドは第二次大戦前後を通して世界に知られた映画の都だ。しかしハリウッドで活躍する映画人には、意外とイギリス人が多い。
たとえばアルフレッド・ヒッチコック。デビュー作品の完成度の高さから、ハリウッドの映画人達にアメリカに渡るようにすすめられ、「サイコ」、「鳥」などのサスペンスを世に送り出した。また、名優かつ名監督であるチャールズ・チャップリンも、アメリカに渡って社会風刺のきいた映画を作り続けた。
こんな「イギリス人監督達のアメリカへの輸出」という状態は、「ハリウッドの豊富な資金」対「イギリス映画産業の衰退」という事情から起こった。
もともとイギリスは映画産業が発達した国だったが、戦後、映画界への投資額が減って没落していった。
1950年以降「英国のルネッサンス」と呼ばれるほど沢山のイギリス映画が作られたが、その多くは実はアメリカ資本だった。
その良い例が「炎のランナー」。イギリス人監督デイビッド・パットナムが、イギリスを舞台にイギリス人ランナーを描いた名作だが、これがアメリカ資本のアメリカ映画だと信じる人はいるだろうか?
イギリス映画界の衰退で、イギリス映画人はハリウッドの協力なしにはイギリスのことを語るチャンスがなくなってしまった。そのため、彼らはハリウッドへと流れていったのだった。
ところが最近、長くアメリカに従属していたイギリス映画界に変化が見え始めた。その先鞭をつけたのが、「グラディエイター」で有名なリドリー・スコット。彼はハリウッドでの自分の成功をイギリス映画界の隆成のために逆輸入し、上述のパットナム監督など、アメリカで活躍する他のイギリス人監督達とイギリスのシェパートン撮影所を買収して、「イギリス人によるイギリス的映画」の制作に一役買うようになった。
このようなイギリス映画人達のおかげで、メイド・イン・イギリスの映画が続々と作られ、「イギリス映画の復活」といった風潮になってきたのだ。
その成功第一例は、マーク・ニューウェル監督の「フォー・ウエディングス」。イギリスの伝統的結婚式とそれに関わる人間関係を描いた作品で、「イギリスらしさ」が世界中に受けた映画だ。
これが起爆剤となってイギリスのテレビ局などが、次々と映画界に投資を始め、以降はマドンナの夫君であるガイ・リッチー、「トレインスポッティング」を作ったダニー・ボイルなどの若手監督が、続々と評価の高い映画を作り始めた。
新人監督達の仕事は、アメリカで活躍する先輩監督達の作風とは異なり、イギリス独特のブラックユーモアと夢のない日常というマニアックなセンスを売りにしている。しかし意外にも、こんな「イギリスらしさ」が世界中の映画ファンを虜にしているようだ。
ハリウッドが映画の都である以上、イギリス映画界とハリウッドとの結びつきは、今後も避けられないだろう。しかし、最近のイギリス映画界には「純正イギリス映画」を作る人も場所も資金もある。これからが本当のイギリス映画近代史の始まりといえるのではないだろうか。