イギリスの車 世界屈指のステイタスを誇る英国車
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モーターショー
英国自動車社会の幕開け
英国史上、1896年11月14日は「モータリスト開放の日」と呼ばれている。この日、1865年から長らく小型蒸気自動車とガソリン自動車の走行を規制していた「赤旗法」が廃止され、他のヨーロッパ先進国に遅れをとっていた自動車産業が、ようやく本格的に始動を始めたからだ。
それまで英国社会を圧倒的に変えていったのは蒸気機関だった。1860年代、蒸気機関車のノウハウを借りた「大型蒸気自動車」も考案されたが、それはあまりに重いうえに当時の無舗装道路で十分に対応できるものではなかった。またこの頃は馬車を利用するのが主流で、「新参者」の「自動車」を快く受け入れない保守的な人々が多くいた。
こうした状況のもとで1865年に自動車走行を規制したのが「赤旗法」である。赤旗法では車両の最高速度を郊外で時速6.4Km、市街地でその半分の時速3.2Kmの低速度とし、各車両の前を赤い旗を持った人間が歩いて先導することが義務づけられた。
この法律により英国は車産業の発展からしばし取り残されることになった。しかし19世紀末にもなると、諸外国で発展しつつあった自動車産業を無視し続けることはできず、1896年についに赤旗法が廃止され、新自動車法が施行されることになった。
新法では「車両の最高速度は22Km/hとし、赤い旗を持った人間が歩いて先導することを廃止」し、蒸気自動車およびガソリン自動車の公道での走行規制が大幅に軽減された。具体的には最高時速32kmにまで緩和され、警笛とナンバープレートが義務づけられた。
この赤旗法撤廃の日、つまり「モータリスト開放の日」を記念したイベントが、今に知られる「ロンドン〜ブライトンラン」である。自動車新時代の幕開けを祝い、33人の英国人と外国人ドライバーがロンドンからブラントンへと自動車を走らせた。これはモーターレース発祥ともいえるイベントでもあり、技術革新とともに最高速度を得るために特別にエンジンやスタイルをチューニングしてスピードを競うレースに発展していった。
また、1897年には王立自動車クラブつまりRoyal Automobile Club(RAC)、Automobile Association(AA)が設立され、1905年以降には速度の取り締まりなどのパトロールも行うようになっていった。