スティング
1951年10月2日ニューカッスル生まれ
本名:ゴードン・マシュー・サムナー |
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わずか5枚のアルバムを出し、1983年に突然活動休止となってしまった「ポリス」。そのグループを惜しむファンに応えるかのようにソロデビューしたスティングは、ポリス時代のクールな音楽を引き継ぎ、次々とヒット曲を飛ばして現在まで休むところを知らない。
彼の音楽の魅力は、なんといっても元英語教師というバックグラウンドから来ると思われる「言葉」への深いこだわりのある歌詞にあるかもしれない。時に哀しみをたたえ、時に慈愛に満ちた言葉の散らばる彼の曲は、映画界からも引っ張りだこで、数々の映画に主題歌を提供している。2001年にはディズニー映画「ラマになった王様」の主題歌がアカデミー賞にノミネートされ、アカデミーの舞台で歌うスティングをみることができた。
ソロシンガーになってからの彼の積極的な社会活動への参加はことに有名だ。1984年に世界中のシンガーが一同に集った「バンド・エイド」に参加したのを皮切りに、アムネスティ・インターナショナルなどの人権保護運動への参加や、妻のトゥルーディ・スタイラーと共に設立した「Rainforest
Foundation (熱帯雨林基金)」など、社会活動家としても着実な実績をあげている。その功績から、最近ではチリ政府によって人権擁護活動賞を授与された。
数ケ月前にテレビインタビューに応え「今は満ちたりた気分だ」と過去の人生に満足する発言をしていたスティング。その充実した人生を讃えるかのように、2003年にはエリザベス女王から「Commander
of the Order of the British Empire (CBE)」を賜わって、愛妻や愛娘と一緒に誇らしげにメダルを披露する彼の姿がみられた。音楽と社会活動
- 自分の信じる道を突き進んできた彼の実績は、 今や世界中に認められている。 |
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デイビッド・ボウイ
1947年1月8日ロンドン、ブリクストン生まれ
本名: デイビッド・ロバート・ジョーンズ |
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1970年代に「ジギー・スターダスト」で、「宇宙からやってきた性別不詳のロックスター」として一躍スターとなったデイビッド・ボウイ。その中性的な魅力の「宇宙人」も、今や57歳となった。
デビュー当時は、センセーショナルな言動や格好で異端児的な存在だった彼。しかしファンクからハードロック等々、アルバム毎にスルリとその方向性を変えて行き、また映画「戦場のメリークリスマス」への出演等の映画界での成功など型にはまらない活躍で、かつての「宇宙人」はすっかり地球に同化したようだ。それでもその不思議なカリスマ性は健在。昨年、イギリスの人気トークショー「パーキンソン」に出演して「ジギー・スターダスト」をギター一本の伴奏で披露したが、「地球人」となった彼の歌声には、浮き沈みの激しいロック界で30年も生き残ってきたアーティストとしての自信がみなぎっており、往年の「ジギー・スターダスト」の数倍も良かった。
1997年にはインターネットのみで購入できるシングル「Telling Lies」をリリ
ースするなど、時代の流れを今も機敏に利用している。また最近では、愛妻でモデルのイマーンと共にTommy
Hilfigerのモデルとして見開き数ページの広告に 登場し、あいかわらずの仲の良さを披露するなど、私生活もますます充実しているようだ。ただし気になるのは、やはり壮年期というその年齢。折しも2004年の夏に心臓病で緊急手術を受けたというニュースが流れ、ツアーが取り止めになった。手術後の経過は順調のようだが、今こそかつてのカリスマパワーを発揮していつまでも活躍してもらいたい。
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フィル・コリンズ
1951年1月30日ロンドン、チズウィック生まれ
本名:フィリップ・デイビッド・チャールズ・コリンズ |
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彼と同年代のロックスター達の中でも、オールマイティな「芸の達人」と呼べるのは彼だけかもしれない。ロック・バンド「ジェネシス」(後にポップス・グループに転身)のヴォーカリストを長年勤める傍ら、ソロとしても活躍。一方で5歳の時から演劇界でも活躍し、舞台や映画にも出演するなど、多彩な面を見せるフィル。そしてそのどちらの才能でも、グラミー賞やカンヌ映画祭など、その道のトップを意味する舞台で高い評価を得ているから脱帽である。
1996年には20年以上もキャリアを共にしてきた「ジェネシス」を正式脱退したが、ジャズ・アルバムを出すなど、ディズニー映画「ターザン」の主題歌「You'll
Be in My Heart」を提供してアカデミー賞を受賞するなど、音楽界での実績を今も着実に築いている。2002年には、エリザベス女王の在位50周年を記念するコンサート「Party
in The Park - Golden Jubilee」に出演して、ソロで往年の曲を披露した。またその席上、クィーン、エリック・クラプトン、ポール・マッカートニーら豪華なメンバーと「Queen's
House Band」を即席結成してドラムスを担当。他のメンバー同様、若いミュージシャンが足下にも及ばないスーパースターとしての卓越したテクニックと才能を見せつけ、30、40代以上のファンの胸を熱くした。
もともと英国中年女性層にファンが多いといわれている彼だが、50代に入ってますますその優しい歌声は健在だ。「英国女性のセックス・シンボル、トム・ジョーンズ(歌手)の地位を次に脅かすのは彼しかいない」と、「セクシーな熟年シンガー」としてのフィル・コリンズのますますの活躍が期待されている。
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エルトン・ジョン
1947年3月25日ミドルセックス、ピナー生まれ
本名:レジナルド・ケネス・ドワイト
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4歳からピアノを始め、11歳で音楽学校の奨学生となった「ピアノの天才少年」は、1998年に音楽界への功績を讃えられて「ナイト」の称号を受け、「サー、エルトン・ジョン」となった
- と書くと、いかにもエリートミュージシャンのように見えるが、30年に渡る彼の音楽活動生活はいつも幸せなものではなかった。
69年にデビューし「Your Song」の大ヒット後、アルバムが7枚連続全米No.1を
記録。「70年代で最も成功したシンガーソングライター」といわれたが、いつもコンビを組んでいたバニー・トービンと仲たがいをして低調な時期が続いたり、ドラッグに溺れたり、彼の性向が取沙汰されたりと、純粋にミュージシャンとして以外の部分で世間の注目を浴びてきたこともある。それでも彼は、ひとつひとつの困難を乗り越えて今の地位を固めてきたのだ。
人生の苦渋を知る彼の温かい人柄を慕って集まる友人達の多さは有名だ。中でもダイアナ妃との交友の深さは、彼女のために「Candle
in the Wind」捧げたこと で全世界に印象付けられた。また、彼が主催するエイズ撲滅のためのチャリティパーティには、毎年各界の豪華なゲスト達が参加することでマスコミの話題になる。その交友範囲の広さは、単に彼の興味が「音楽」だけに留まらず、社会の様々な問題に向けられていることを裏付ける。
60代を目の前にして、そんな「サー、エルトン・ジョン」も威厳をもって落ち着くのかと思いきや、そんな気配は全くない。最近では、アメリカの人気テレビドラマ「Will
& Grace」に「ゲイのマフィア」という役柄でゲスト出演し、あい かわらずのお茶目なエンターテイナー振りをみせつけた。いつまでもその気さくな人柄とド派手な衣裳、そして完成度の高い音楽で私達を楽しませて欲しい。
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